第10回 12誘導心電図伝送を考える会 抄録集

目次

一般演題

冠攣縮性狭心症における病院前心電図の有用性

桐ヶ⾕仁 松澤泰志 寺坂謙吾 ⽊村⼀雄 ⽇⽐潔 (横浜市⽴⼤学附属市⺠総合医療センター ⼼臓⾎管センター内科)

背景 冠攣縮性狭⼼症(coronary spastic angina: CSA)は、発作時間が短いため、診断が困難な場合がある。そのため病院前⼼電図(prehospital-electrocardiogram: PH-ECG)は、CSA の診断に極めて重要な可能性がある。しかし、CSA におけるPH-ECGの有⽤性はまだ明らかではない。

⽅法 2015年3⽉から2022年11⽉の間に、救急⾞で直接当院へ搬送され、⽇本循環器学会ガイドラインに基づきCSAと診断された患者を対象とした (n=56)。虚⾎性⼼電図変化所⾒(ST 上昇、ST 低下、陰性 T 波、陰性 U 波)の頻度を検討し、PH-ECGと病着時の⼼電図(emergency room-electrocardiogram: ER-ECG)の間で⽐較を⾏なった。

結果 PH-ECG は ER-ECG に⽐べ、ST 上昇(42% 対 14 %、P < 0.001)、ST 低下(17 %対 7 %、 P = 0.015)、ST上昇+ST低下 (55% 対17 %、P = 0.001) の頻度が⾼かった (図表)。陰性 T 波と U 波の頻度には有意な群間差はなかった。56 例中21例(37 %)では虚⾎性⼼電図変化はPH-ECGでのみ観察された。

結論 PH-ECGは発作の最も早期の段階を評価できるため、CSAの正確な診断につながる可能性がある。


12誘導心電図伝送システム導入から7年を経過しての現状

橋本 徹1 脇澤 忍1 松田 繁勝1 酒井 敏彰2
二戸地区広域行政事務組合消防本部、岩手県立二戸病院

【背景】平成27年8月1日より当消防本部と岩手県立二戸病院との間で、救急隊全5隊による12誘導心電図伝送システムの本格運用が開始され、令和3年11月に同システムを更新、新たに「join複合伝送システム」を導入し、現在運用中である。なお、伝送システム導入後の1年間で現場滞在時間の延長が認められていた。

【目的】伝送システム導入後1年間とその後5年間の現場滞在時間の変化とその影響について検証した。

【方法】導入後1年間の伝送症例236症例とその後5年間の伝送症例1694症例の現場活動時間を比較し、その要因について調査した。

【結果】導入後1年間の現場滞在時間は平均13分に対し、その後5年間の現場滞在時間は平均15分と約2分の更なる延長を認めた。その要因として考えられるのは、心電図装着に伴う傷病者への説明時間や電極装着や伝送に係る操作時間等によること。≪CASIOPEIA 基準≫が救急隊に浸透し、基準に合致した症例はすべて伝送していることが挙げられる。また、伝送した結果をもとに搬送医療機関の選定に活用しているため、現場滞在時間が延長しているものと考える。 DTBT の効果について比較すると、導入後1年間の心電図伝送ありの DTBT7症例と導入後5年間の DTBT76症例を比較したところ、1年間のDTBT中央値75分、その後5年間のDTBT中央値の平均は66分という結果であった。現場滞在時間の延長が認められるものの、DTBT中央値は平均66分となっており、心電図伝送の効果が認められている結果となった。

【結語】12誘導心電図伝送システムを導入して7年を経て、伝送症例数は増加しており、現場滞在時間の更なる延長を認める結果となった。しかし、現在は新しいシステムを活用し、STMEI の早期発見だけではなく、病態鑑別に役立てることで、病態にあわせた専門医の早期介入及び適切な処置へ繋がっている結果となっている。 今回調査した結果、現場滞在時間の更なる延長は認められたが、その悪影響は見当たらず、伝送システムを活用することにより、傷病者の予後改善に繋がると考える。


12誘導心電図伝送システムにおける現状と課題

赤井 雄一(津市消防本部 中消防署)

〔はじめに〕 津市消防本部 中消防署 赤井 雄一 津市消防本部は平成19年に12誘導心電図伝送システムを整備し、今年で15年目の節目を迎える。これまでに2度の更新を経て現在3期目に入っており、現状と課題について検討した。

〔方法〕 運用実態の評価として令和3年1月1日から令和3年12月31日までの津市消防本部における救急出動件数と心疾患、脳疾患、外傷のプロトコル適応数を調査した。また、教育方法や救急隊員の心疾患プロトコルに対する認識について各署に聞き取り聴取した。

〔結果〕 令和3年の当消防本部における救急出動件数は14671 件で、その内、外傷プロトコル適応0.6%、脳卒中プロトコル適応3.4%、心疾患プロトコル適応2.7%であった。 当消防本部の心疾患プロトコルに対する教育体制は、年間の救急隊員教育等で所属の救急救命士が中心となり実施している。しかし12誘導心電図の判読については系統立てた教育を実施していない。12 誘導心電図の判読に自信が無かったり苦手意識を持っていたりする職員が少なからずいることが判明した。

〔考察〕 聞き取り調査からは、12 誘導心電図波形判読を個々の自己研鑽や所属教養で修得することについて限界を感じられた。外傷対象のJPTEC、脳卒中や意識障害対象のPSLS・PCECのように、プレホスピタルにおける心疾患コースのニーズがあると考えられた。その中に 12誘導心電図を判読するためのプログラムを設定し、統一された教育を実施できる体制が期待される。

〔結語〕 心疾患プロトコルにおける適応件数、現在の教育状況と救急隊の認識を調査した。今後、プレホスピタルにおける心疾患コースの設立が望まれる。


5 年間のプレホスピタル12誘導⼼電図伝送経験に関するアンケート調査結果

⼩橋 啓⼀(上尾中央総合病院 ⼼臓⾎管センター 循環器内科)
浅野峻⾒・前野吉夫・中野将孝・⾕本周三・増⽥尚⼰・緒⽅信彦・⼀⾊⾼明(上尾中央総合病院 ⼼臓⾎管センター 循環器内科 )

【抄録】 ST上昇型急性⼼筋梗塞(STEMI)患者は、Door to balloon timeが短縮するほど院内死亡率、6カ⽉死亡率が改善することが報告されている。その為、「⽇本蘇⽣協議会蘇⽣ガイドライン2020」では、STEMI が疑われる成⼈傷病者にはプレホスピタル12誘導⼼電図(PH-ECG)伝送が推奨されている。現在当院は、近隣6台の救急⾞にPH-ECG伝送システムを導⼊している。2017年4⽉から2022年12⽉に947例のPH-ECG伝送実績を有し、伝送された全症例に関して、⼼電図読影結果と搬送後転帰を救急隊員へレポート報告し、フィードバックを⾏ってきた。

今回、我々の5年間におよぶPH-ECG伝送の振り返りを⾏う⽬的で救急隊員にアンケート調査を⾏った。対象は当院にPH-ECG伝送を⾏っている上尾市消防・伊奈町消防・埼⽟県央広域消防の救急隊員84名とした。

質問内容は、①PH-ECG伝送後の⼼電図所⾒や経過報告のフィードバックに関して内容を確認しているか。②PH-ECG伝送によって⼼電図に対する意識はどのように変化したか。③今後PH-ECG伝送機能搭載の救急⾞数を増やしたいか。④STEMIや不整脈等の⼼電図をどの程度理解しているか。⑤PH-ECG伝送に関して本来の⽬的外やあるいは予想外の思わぬ結果に遭遇した症例・印象に残っている症例があったか。⑥病院前における循環器救急疾患対応のトレーニングコース(PACC)の認識度。⑦PH-ECG伝送全般に関して要望、⑧PH-ECG伝送全般に関しての要望、⼼電図伝送以外で今後、新たに挑戦したいこと、興味があること。

以上の項⽬に関してのアンケート結果を、当院におけるPH-ECG伝送の取り組み、成果、課題と合わせて報告する。


北陸地方2県での病院前ECG伝送システムの人口カバー率と機器導入課題対策

笠松 眞吾1、宇隨 弘泰2、木村 哲也*1(1:福井大学医学部救急医学, 2:福井大学医学部循環器内科)

【背景】総務省および消防庁の支援により独自開発した「クラウド救急医療連携システム」を福井県と石川県および京都府舞鶴市で運用中である。普及に向けた第1段階として2013年より委託研究費や大学の研究費にて病院と消防本部にて実証試験を行った。第2段階として2020年より参加自治体の利用者負担による自走化への転換を促している。しかし実証試験後、財源の確保が難しく小規模自治体救急への普及を目指し開発した本システムであっても予算化が困難で継続を断念する消防本部が出た。また、心電図伝送に対応した心電計は、一般に専用品で事実上のベンダーロックイン状態となり、高額な導入費と利用料金が課題であった。

【目的】2020年から2022年までの2県における12誘導心電図伝送に対応した人口カバー率と自走化率の推移から普及に向けた課題を検討する。また導入費用を抑えるために専用心電計に加えて複数の生体モニターに対応するシステムを開発する。

【結果】医療法による医療計画では、都道府県を単位として良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図ると示されていることから、伝送システムもまた県単位での普及率の向上が重要である。A県では、5消防本部が参加した2020年の実証試験時の人口カバー率3 4.7%、2022年度の利用者負担移行時のカバー率32.3%、自走化率100%であった。B県では、4消防本部が参加した2020年の実証試験時の人口カバー率32.6%、2022年度の移行後の人口カバー率9.1%、自走化率は、わずか2.9%となった。心電計については、システムを改良し従来の機種に加えてAED付き生体モニターに対応し、電子メールを使用しないランサムウェアへの耐性が高いシステムとした。

【考察】病院前心電図伝送というICTを活用出来ずDX化が進まない自治体救急では、現場滞在時間第一という『バカの壁』を壊すために住民に対する周知活動が関係機関の意識改革に必要であり自走化の早道であることが示唆された。


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